過去からの一歩 <最終章>
数週間後。
夕暮れ時の郊外のひっそりとした墓地。
その中にある祐一の墓の前に、三つの人影があった。
香里に美汐、それと名雪だった。
墓前に花を供えると、香里が墓に向かって口を開いた。
「相沢君ね〜、親が海外だかなんか知らないけど、
分かりにくいところに墓を置かないでよ。探すの一苦労だったんだからね」
まるで生きている人間に話しかけるのと変わらない。
そんな香里の様子に名雪は苦笑する。
続いて、美汐も墓に向かって話し出す。
「それから、月宮さんって本当の天使だったんですね。
相沢さんは知っていたんじゃないですか? 月宮さんの本当の姿に」
香里も喋るのをやめない。
「それとあと一つ! 相沢君が安易に死んだりしたせいで、
どれだけ名雪が悲しんだか分かっているんでしょうね?
名雪みたいないい子を泣かすんじゃないわよ!」
大きな声でそう言うと、墓石に柄杓で水をぶっかけた。
「あ〜、すっきりした。」
「いえ、私はまだすっきりしていませんけど………」
美汐も口では言っているが、顔は笑顔だった。
「じゃ、私たちは言いたいことは言ったし、ちょっと向こうに行ってるね。
愛の語らいは二人っきりのほうがいいだろうし」
「あ、愛の語らいって……!」
名雪が顔を真っ赤になるのを面白そうに眺めると、
香里と美汐はさっさとその場を離れた。
「祐一、お久しぶりだね………。お墓がどこにあるのか分からなくて、
お参りに来るのがこんなに遅れちゃったよ。 ごめんね。
結局、香里と美汐ちゃんが探してくれたんだけど………」
名雪は鞄からケーキを取り出して墓前に供えた。
「これ、あの日に焼くはずだったケーキです。
ちゃんと焦がさずにふっくらと焼けてるでしょ…………」
名雪は少し沈黙した。
やがて、ポツリと言葉を吐く。
「私、最近やっと妖気を制御する自信がついてきたんだよ。
なんとか、普通の人間として生きていける程度には…………」
そういって、目線を上げる。
「香里や美汐ちゃんも仲良くしてくれるし、きっとこれからは、
長く付き合えるお友達も作れると思います。……だから、安心して」
名雪は微笑んだ。だが、寂しさは隠すべくも無かった。
すぐに目線を落とす。
再び言葉が途切れた。
「…………天国の暮らしはどう?………天国では悩みも苦しみもなくて
幸せな生活だって話ですけど、私のことは憶えていてくれているかな」
言いながら、祐一のことを思い出して目頭が熱くなる。
「………もし私が天国へ会いに行けるようなことがあったら、
変わらない姿で迎えてくれるかな。
………もし天国へ入れたなら、また以前のように抱きしめてくれるかな……」
名雪は込み上げてくる嗚咽を抑えた。
目には涙が溜まっていく。
「………もし天国へは入れたら、きっと、こんな風に泣く必要もなくなるのに………」
そう言うと同時に、溜まった涙がポロポロとこぼれ落ちた。
しかし、妖気はしっかり制御されて、微塵も漏れなかった。
名雪はうつむいて、小刻みに震わせる。
「………ごめんね。もっとしっかりしないとダメだね。
私……、天国なんて入れないって……、分かっているはずなのに……」
顔を手で覆って、名雪はしゃくり上げた。
祐一が死んだあの時に涙は全て流し尽くしたと思っていたのに、
それでも涙はとめどなく溢れていた。
名雪はその場に座り込み、声を押し殺して泣いた。
しばらくして涙が収まると、名雪は気持ちを落ち着かせるように、
大きく息をした。 姿勢を正して墓石に向かう。
「幸せになれるかどうか分からないけど、私、ちゃんと人間として
生きていこうと思います。………たとえ、天国に行けないとしても」
そういって立ち上がる。
「また来るね。今度来る時は、もうちょっと泣き虫なところを
直してきますね」
はにかむように笑うと、名雪は墓地の出口へ向かった。
「お待たせ」
「あれ、もういいの? じゃ、帰ろうか」
香里と美汐は名雪の眼が赤いことに気づいたが、何も気づかない振りをした。
「こういう郊外の高台の墓地っていいよね。空が広くて」
香里が空を仰ぐ。
「そうですね、夕焼けがキレイですよね。真っ赤で」
美汐と名雪も空を見上げる。
「そうそう、なんて言うかな、こういうの、血に染まったような………」
「ち、違いますよ。それって禍々しい表現じゃないですかっ」
「分かっているって。冗談よ。」
その時、夕焼け空を星が一つ流れた。
「…………あっ」
名雪の言葉に香里と美汐も空を見る。
香里が名雪のほうを見る。
名雪は呆然と眼を見開いていた。
「……………今の」
「え? どうしたの? ひょっとしてアレ、何か悪い予兆?」
名雪はふるふると首を振った。
呟くように言う。
「…………あれ、祐一の……魂………」
「相沢君の?」
「…………転生…………したんだ………」
「転生? 本当に?」
「うん、……一瞬だったけど、………間違いないよ」
やっと乾いた名雪の目が、再び潤んだ。
ただし、今度は喜びであった。
どこに転生したかは分からない。
でも、現世にいるなら、いつかまた、どこか出会えるかもしれない。
いや、きっと会える。
「死んでもそばにいるって……ホントに………祐一……戻ってきてくれた……」
名雪は口に手をあて、嗚咽を押さえながら、地面にへたり込んだ。
香里は名雪の涙をハンカチで拭いてやる。
「やっぱり悪い兆候ね。また名雪を泣かせに戻ってきたなんて」
そして、名雪の顔を覗き込んで微笑んだ。
「大丈夫よ。どこに転生したか私たちが探し出してあげるから」
名雪がコクンとうなずく。
「見つけ出したら今度こそきっちり引導渡してあげようね」
香里がニヤリと笑う。
「香里、いっ、引導って…………。せっかく生まれ変わったのに……」
「あ〜ん、もう、名雪も冗談通じないのね。そーゆーところ、相沢君にそっくり」
「え?」
「似たもの同士でお似合いですね」
二人は笑いながら、星が消えたところを見ていた。
香里が名雪の頭をポンとたたいて微笑む。
名雪は赤面してうつむいた。
どうもこんにちわ。
ついに終わってしまいました。
なんか中途半端な感じですが、ご心配なく。
この続きを新連載しますので。
読んでくれてどうもありがとうございます。
これからも頑張っていくのでよろしくです。
なお、このSSの中身は、
電撃文庫小説「天国に涙はいらない」を元にしております。